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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2660号 判決

控訴人 中田合資会社

被控訴人 田辺三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求める。一、控訴人の事実上の主張は原判決摘示と同一である。二、原判決は人格権ないし氏名権の侵害に対する救済なる理由により被控訴人の登記抹消請求を認容したが、民法には勿論右のような人格権ないし氏名権に関する規定はなく、我国法上本件のような権利を認め得る根拠はない。仮にありとしても、その権利の存在は僅かに不正競争防止法第一条においてその一端を窺い得るのであるが、併しその侵害排除については「広く認められる他人の氏名」とあり、厳重なる制限が科せられているのである。まして本件のような氏名権について一般的に無制限なる侵害排除権を認むべき理由は全くない。三、会社の商業登記においては、不動産登記におけるように、登記権利者、義務者等の観念はなく、唯国家に対して商業登記をなすべく義務づけられているにすぎない。従つて原告に登記権利の一たる登記抹消請求権が発生する余地は全くない。しからずとするも、原告は出資履行済の有限責任社員として登記されているのであつて、如何なる場合も不利益をうける恐れはなく、本件抹消請求の訴の利益がない。四、以上が認められないとしても被告会社の他の社員等にしても、原告を無理に社員にする必要があつたという事実もなく、右の事情からも亦原審被告代表者の訊問の結果からしても、原告がその意思により被告の社員となつたことは明かである。」旨記載して控訴状を提出したまま適式の呼出を受けながら、昭和三十六年三月八日午前十時の本件口頭弁論期日に出頭しない。被控訴代理人は、右期日に出頭して、控訴棄却の判決を求め、原審における口頭弁論の結果を陳述した。これによれば、被控訴人の事実上の主張、証拠の援用は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴会社が金銭貸付業、不動産の売買周旋及び日用品雑貨の販売を目的として昭和三一年一〇月一九日設立登記された合資会社であつて、被控訴人が右会社の五十万円を出資した有限責任社員として登記されていることは当事者間に争がなく、原審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人は控訴会社の設立に際しては勿論その後においても金五十万円を出資して控訴会社の有限責任社員となつたことがないことを認めることができる。原審における控訴会社代表者本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は措信しない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみると、被控訴人は社員となつたことがないのに、その氏名を冒用されて商業登記簿上控訴会社の有限責任社員として登記されていることが明かであるから、控訴会社の社員でないことの確認を求める被控訴人の請求は正当として認容すべきである。そこで進んで右の場合被控訴人は控訴会社に対し右登記の抹消を求め得るかを考えてみる。商業登記に関する法規には不動産登記法におけるが如く登記権利若は登記義務なる文字はないが、この故を以てかような権利義務が存在しないと断ずることができるであろうか。元来合資会社は各社員が出資をなして共同の事業を営むことを本来の目的とするものであるから、社員登記は会社の自由であり、会社が社員に対し社員登記をなすべき義務を負担しないとするときは、会社において社員登記をしない以上は社員は永久に社員たる資格に基く権利を第三者に対抗し得ないこととなり、その利益を害せらるべきこと多大であるといわざるをえない。しかしてこれを甘受しなければならない根拠はないので、商法第一四九条、第六四条第一項第一号において会社は社員の氏名住所並びにその責任の有限又は無限なることを登記することを要すとし、同法第六七条(第一四七条にて合資会社に準用)においてその変更ありたるときは亦その登記をなすことを要すと規定したのは、一面において会社の登記に関する公法上の義務を定めたものであるが、他の一面においては又会社の社員に対する私法上の義務すなわち社員をして完全に会社の社員たることを得せしむる義務したがつてその結果として社員に対し社員登記をなすべき義務をも認めたものと解するのが相当である。(大審院大正五年(オ)第四八三号、同六年一月一六日判決、同七年(オ)第四三七号、同年六月一七日判決参照)してみると、本件の如く事実に牴触する登記の存する場合には、非社員は会社に対し該登記の抹消を請求し得ること理の当然であるから、被控訴人の本件登記抹消請求も正当として認容すべきである。以上の次第で、原判決が被控訴人の本訴請求をすべて認容したのは結局相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木禎次郎 坂本謁夫 中村匡三)

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